第1部 Relicカードについて調べたら“Relicカードの発明者”に辿り着いた

Relicカード特集|第1部

Relicカードを手に取ると、まず厚さが気になる。

普通のカードと比べると、明らかに分厚い。表面には窓があり、その奥にジャージやバットの一部が見える。時にはパック未開封でもレリックカードが入っていると容易に想像がつく。

「どうやって作っているんだろう?」

ある時、疑問がふと浮かんだ。で、調べてみようということでRelicカードに関係する公開特許をたどってみた。

備考

特許公報や裁判資料、メーカー資料を調べましたが、私は特許の専門家ではありませんので、カードを楽しむための技術探訪として、信じるも信じないも的に読んでいただければと思います。

Relicを入れる空間が必要になる

Drake MayeのJersey Kingsレリックカード。正面、カードの厚み、裏面

比較的新しい例として、Toppsが出願人の国際公開特許出願 WO2025085442A1 がある。

この特許は、発明の趣旨はRelicに関するものではなく、Relicに関しては、まぁ想像の範囲内だなぁと思ったんだけど、調べているうちに別の疑問がでてきた。

誰がRelic、Memorabiaカードを発明したのか

そもそも最初に、本物のmemorabiliaをカードに付けようとしたのは誰なのか。

そこで辿り着いたのが、Adrian Gluckという人物と、米国特許 US5803501 だった。

この特許の出願は1994年12月、1998年9月8日に登録された。関連出願の優先日は1993年11月3日まで遡る。

写真の世界に「本物」を入り込ませる

Gluckの特許に記載のRelicは面白く、彼が書いた内容のRelic欲しいと思った。

カードには、バットを持つ選手の写真がある。そして、本来なら写真の中の、バットが写る場所の近くへ、実際にその選手が使ったバットから作った小さなバットを取り付ける。

今のRelicカードを見ると、四角い窓の奥にジャージ片等が収まっている姿を思い浮かべる。しかしGluckの原案は、写真の中のバットを本物の素材へ置き換えるようなものだった。

これ、欲しくないですか?単に「カードに布が入ってる」より、ずっと面白い。カードを小さな展示物に変える発想だったように見える。

特許の成立を待たず、市場は動き始めた

一方で、1990年代には実際の商品としてmemorabilia入りカードが登場し始める。

野球では1997 Upper Deck Game Jerseyとして、Ken Griffey Jr.、Tony Gwynn、Rey Ordóñezの3選手がラインナップされたことで知られている。Memorabiliaカードとしては、1996年に使用タイヤ片を用いたPress Paassも知られている。

ただし「世界初のRelicカード」と一言で決めるのは難しい。スポーツ全体のmemorabilia card、野球初、game-used jersey初では意味が異なるし、なんでもそうだけど、一番最初を特定するのはむつかしい。

少なくとも言えるのは、Gluckの特許が1998年に成立したころには、Relicカードがすでに世の中に出始めていたということだ。

Relicカードの歴史は、法廷へ

ここから話は、単なるカードの歴史ではなくなる。

Gluckが出願したアイデアと、急成長するRelicカード市場。やがて両者は、法廷でぶつかることになる。

Upper Deck、Topps、Fleerなど、大手カードメーカーを巻き込んだ特許紛争だ。

ではRelicカードは、本当は誰の発明だったのか。

第2部では、Adrian Gluckの特許がどのようにカード市場と衝突し、裁判所が何を問題にしたのかを詳しく書いていきます。

主な参照資料

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